こんにちは☀️レモネードです。
先日の親単科の記事を遅ればせながら、リリースしたいと思います。
ゲストに来て頂いたのは、、
エイメイ学院の川上塾長さんだ✨
3人の姉妹のお父さんとしての子育て中の様々な気づきのお話、また塾長として日々健闘されている生徒達の力の伸ばし方、、この二つのブレンド具合がとても参考になった。
いくつか気になった点を言語化していきたいと思う。
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①伴走の重要性について(「子供に全て任せてます」は違う🌀というお話)
これは小5の秋に松江塾に入塾したムラが小6の1年間だけガッチリやった経験を思い出した。
それまでサッカーばかりで宿題や音読すら担任に免除されていてムラ。
入塾当初、カルチャーショックしかなかった。そして
ペナテストの結果が週2回、LINEに晒されるという緊迫感。
これは確かに大きいものだった。
ペナテスト前にテスト範囲3周は当たり前で、理系も文系も「全合」しないとゲームができないという子供にとって生死を分ける『ルール』を決めた。
「毎日英語」も最低3周はして間違えのみでも5〜6周した。
その内、だんだん「全合」が当たり前になっていった。
この1年間が一番伴走したように思うし、ムラにとって最も身についた時間だったように思う。小5の初めからやっていれば2年間この状態を繰り返す事を考えると、もう一年あっても良かったのかな?と思う。
中学に入ってもこの時の経験が生きている気がするし、この時の経験を基礎として応用問題に取り組んでいるように思う。
②子供自身を客観的に観察し、理解して声がけする。
大人の会話を経験して、小学校の課題以上に大きい世界を見せる経験。家族の会話。
主観的な判断ではなく、客観的に子供を観察し、どれだけその子のモチベーションを上げる声がけするのか?
また親のリアクションの如何によって子供は「今度も(次回こそ)頑張ろう!」という気持ちになる、との事をお伺いした。
改めて思う。
自分の子を「客観的」に判断する事の難しさ🌀
ついつい子供の周りにいる(同じ学校の)よくできる成績の良い「あの生徒」に規範を置きがちだ。
しかし狭い島国の日本で、埼玉県で、ローカルな土地場所でたまたま家が近い「あの子」が規範でも模範でもあるという時点で既に客観視はできていないのだろうし、自分が生きてきた狭いマイナーな人生から得た価値観で一体何を判断できるというのだろうか?
ただ自分の中で、これは倫理的に絶対ダメでこれはいい、という局所的な判断でしか教育できない自分がいる。もちろん純日本的な日本特有な価値観も多く入っている事だろう。
ただ自分流に判断したとしても、「このように声がけすれば、子供は喜ぶだろう」と一歩引いて声がけする事は大事な事だと感じた。
もちろん周りが全く見えていない状態で、感情に任せて判断するよりはいい、とは思っている。
また、うちでは特に音楽について言及する事が多い事に気がついた。(特に車内で)
家族全員、好みが全く全然違うのだが、それぞれの好きな音楽の良い点を見つけて言語化している機会が多い気がする。
特にリアクションについては全く意識はしていないのだが、(ドライかもしれない💧)歌詞を分析したりした時に、ニーもムラも私も
「おおーーー✨わかる!」とか「なるほど〜」
という声が上がる。
それも感覚的な話で、決して論理的に分析しているわけではないのだが、感覚のすごくニッチな場所を共有して楽しんでいる時間がある。
それはそれで自信を持っていい事なんだろうな!と改めて思った。
③雑談を楽しむ姿勢が大事
ゴーまじ先生の授業内の雑談は生活に役立つ事がいっぱいだ✨
恋愛テクニックから、友達づきあい、勉強のポイント、テスト攻略法などなど、
多角的な価値観に触れられる機会だ。
考えてみれば、ニーもムラも(特にムラは)まさに脳内お花畑なタイプであったが、中学の学年を上がるにつれて、
思慮深さが増したように思う。
実際に松江塾の塾内の周りの生徒を見渡しても、同じように勉強もでき、精神的な成長も早く思慮深い生徒ばかりで、そういう生徒の影響を受けるという利点もあるように思う。
そして最後に、川上さんを見て感じた。
いいパパさんや〜✨
人間は不完全だからこそ、子育てにおいても生活においても「どうすれば良いのか?」もっと欲も出るし、その疑問を素直に!直球に!見栄を張らずに!堂々と発言できる力!!
それができる人は強いと身に染みた時間だった。
もちろんコミュ力も最強なのだろうと。
私は人前で結構カッコつけてしまうタイプだし、中々自分を出せないタイプなんだ(実生活では💧)
だからこそ、もっと心を開いてカッコ悪い自分でも思っている事を素直にガンガン出して、ある程度本音を言っちゃったりもして💦周りの人に信頼を勝ち得る事ができたらいいな、と強く感じた。
自分をさらけ出せる人は強い!
その自分は本物の等身大の自分だし、
カッコつけている自分も、それはそれで本物の自分だ。
数学で言うと素数みたいなものだ。
本音で生きれたらその分様々な吸収力も上がるのだろうな、と感じた。