こんばんは⭐️今日は度々失礼します!レモネードです。
ふと思い出した事があり、忘れない内にメモ的な形でブログに記しておこう!と急いでPCを立ち上げた次第です。
デザイン(チラシ)のクライアントの塾長さんから聞いた言葉。
とても当たり前だし、これ以上に単純な言葉はないのだけど、
何気にとても重要だと思われ、塾長さんのご指示のフレーズの中で最も忘れられない言葉。
それは、、
家は休む所!
学校は学ぶ所!
塾は勉強する所!
というフレーズである。
パッと聞いて、だから何?的なものであるが、
私はとても貴重なフレーズであると思っており、普段ニーにもムラにも多用している。
場所とそこで行う動作の一致。
意外とこれはできているようで食い違っている事が日常的に多くないだろうか?
と思ったんだ。
例えば、昨日ニーは「今日は家で勉強をしたい。」と言った。
そこには以下の実情も含まれている。
連日のオーキャンや旅行の疲れもあるし、家でのんびりと時にアイスを齧りながら学習机に向かいたい、と。
しかし、結局夜には、「今日はあまり勉強の能率が上がらなかった🌀家だとやっぱりダレる💦」と後悔をした。そして、「明日は塾で1日勉強をしよう!」と話をした。
しかし今朝になるとやはり「疲れ」や「面倒臭さ」と「ゆるーり勉強したい」が勝ってしまい、「塾に行くのは午後からでいいかなー!?」などと謳い始めた。
そこで上記のフレーズを伝えてみたんだ!
家は勉強する所ではないよ!休む所だよ!
とね!
また、
塾は勉強する所だよ!
とも。
機能と場所の一致
家は元々「勉強する」という動作に見合った場所ではない事を伝えたんだ。
そうしたらハッとして午前中からお弁当を持って塾に行き出した。
帰宅して、塾(松江塾C館)ではしっかりと捗り、勉強できたと伝えてきた。また、オーキャン以来ニーのスマホのSNSの制限を解除している事をママが忘れており、使い放題であった事を初めて訴えてきた。「やはりついついスマホを見てしまうから、やはり制限かけて!」と自分から訴えてきた。
確かにお弁当屋でボルトは作れない。
書店で溶接工事はできない。
IT企業でトマトは実らないんだ。
「家で勉強する」とは、そういう事だと悟った瞬間だった。
勿論、家で自分の机で勉強を捗ってできる!という生徒さんも多くいるかと思うが、場所と機能を一致させることは、生活を効率的に過ごす上でとても重要だと思った。
ただ、それだけのお話でした🙏💦