こんばんは⭐️レモネードです。
本日はニーの高校の役員関係(私学振興会)で南浦和くんだりまで行ってきました🚗
内容は私立高校のPTA総会のようなものです。
総会中もLINEやチャットワークにクライアントさんから仕事の進捗確認や催促連絡が来たりで、終わった後は役員さん達とカフェに行きたかったのだけど💦速攻で帰宅!
ムラは期末テスト2日目がようやく終わりました。
今回も全く手出しせず💦インフルエンザや副鼻腔炎、腰の痛みなどなどありましたが、乗り越えて頑張りました。
遅くなりましたが、
今日は先日アップされた夫婦ラジオの内容について語りたいと思う。
ボネ子先生の金言が冴えまくった今回の夫婦ラジオ✨
中2と高2の腕白小僧(特に中2の方💦)に持て余し気味の私に染み渡る内容でした。
自分なりに分析できたらと思う。
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
まず全体的な総括として、
なし子さんや亜朗先生の論理的な思考を育成する事に通じるものがある!と直感⚡️
まず、
意味のない理由のない「不機嫌アピール」をボネ子先生フィルターは絶対許さないし徹底して通さない!!
という事を理解した。
なし子さんの中1時の反抗期に意味のない「機嫌が悪い」アピールがあったとの事だ。
「怒っている」それ以上のことが伝わらない。
それは、、
ただ「感じ悪いだけ」。
そこには決して「言語化・理由化」が存在しない。
>>「何がしたい訳??」
この一言で、相手にそれを考えさせるターンに持っていく。
この追求の仕方の徹底ぶりが実に強固なものなんだ!
ただボネ子先生の良い点は、以下にある!
「怒ってます」アピールではなく、私は「ここで怒っています」と言う、、
>>理由があるならぶつけなさい💥!!
(かかってこいよ〜🥊!!)
これだ✨✨✨!!!
「正しいんだ」というものがあるなら、言葉にしなさい。
もし、それがないのであれば、
ただ何の理由もなく自分の不機嫌だけなら、自己消化しなきゃダメだよね??
>>>Aか??それともBか??
>>>その理由は??
常に突きつけられる選択肢。
間違ったものを選ぼうものなら、
おそらく後で回収ができずに、、
オウンゴールしてまう(・_・;!!!
この緊迫感は常に感じられた💦
ボネ子先生という大きく高い壁の突破口は、
「そうじゃない!!私はこう思っていたんだ!!これこれここが正しいと思っていたからこういう「不機嫌」モードになったんだ!!!」と
彼女を説き伏せることさえできれば、
「そうだったのね。分かった!それは私が悪かったわ💦」
という、おそらくレア度がかなり高めのものだろうが💦希少価値MAXのような気がするが💦
まさかの「あなたが正しい道」や「考慮してくれる別の道」もちゃんと残してくれているのだ✨✨
だからこそ、なし子さんは理由もなく自分を曲げたり、嘘をついたりする事もなく、
きちんと詳細な事情を正直に話す習慣が構築され、家族全体で共有できることなのだろうと思った。
また逆に子供視点から見て、ボネ子先生を完全に説き伏せる事が目的となるのであれば、
裏技的なものだが、理由を「後付け」して、いかにも当日「そうだった」ような工作もできる事だろう。
しかし、ボネ子先生は反論に耐えるだけの下準備や引き出しを多く持っており、そう簡単には「親の正当性」を崩す事はできないのだ。
ここは確かに追求しないといけない。
ここで親が楽をして「もういいよ」で終了させてしまうと、子供は「考える」事を止め、自己都合の道を学習させてしまう。
ボネ子先生の辞書に「もういいよ。」は存在しないのだ。
上記のような、
各自の正当性の擦り合わせ。
これを積み重ねる事で子供は徐々に精神的に「大人」になる。
ラジオ内で、ゴーまじ先生も追求していたが、ボネ子先生の強さはどこにあるのだろうか??
あくまで私の想像であるが、
1点目は、
理不尽を許さない鋼の倫理観
であると思う。
ボネ子先生の言葉の中に「正義」という言葉が使われていたが、各々の正義は違うものだ。
ただボネ子先生は、各自の「正義」に寄り添う土俵を常に持ってくれている。
しかしながらその「正義」を徹底的に吟味して、あらゆる視点から考慮して、どのような形態が最もベストなのかを子供と一緒に「真の正義」を探る点がとても大事な事なのだと思った。
「理に適っているか否か?」
強い倫理観がないとできない事のように思った。
もう1点目は、
「うちの子は必ずできる!可能性があるはず!」という信念
この点だ。
初めは中々できない事のように思った。
しかし、子供に任せる事で、徐々に子供の考え方ややり方、別人格の子供の個性を尊重する事につながるように思った。
「信じるだけなら、誰でもできる。」
という言葉が響いた。
どんな逆境でも粘って勝ち抜ける子に育てる事ができるのだな、と改めて考えさせられた。
「できるよ。」と
子供を信じる事。尊重する事。
私は普段中々できていないからこそ響く言葉だった。
自分に自信を持って前に進める子になれるように感じた。