おはようございます☀️レモネードです。
真島先生から「お題」が来た💡(気がする)
テーマは、英文読解で国語読解力を養う事は可能なのだろうか?
面白いテーマ✨
最近、ニーの模試でぶつかったテーマでもあった。
そして横幕先生の面談でも、あの名言が飛び出した。
「国語力は英語の長文読解の和訳を読む事で身につくよ。」
確かに!
レベルの高い話だ💧
果たして、
英文読解で国語読解力を養う事は可能なのだろうか?
高校部でも教科は「英語」「数学」で、「国語」という教科はない。
大前提で「国語はできるもの」と捉えられていたら、ニー的にはまずい💦
でも英語が最優先なのは受験のシステム上の問題だからだとも思う。
ゴーまじ先生のおっしゃる通り、英文和訳を理解し見識を広げる事で国語の読解力が身につく点は多くあると思う!(古文漢文は別学習で!)
国語と英語の一石二鳥なんて時間がない受験生には絶対必要だと思う!
英文で読解力を養える事は、訓練として必要だとも思う!
でもね、内容として考えた時に、
英文問題を書く著者の方々って、
ベースとしてパリピなイメージがあって!
それに比べて読解問題に出てくる日本人の著者達は、基本的に
懐疑的、悲観的、実存主義的、厭世主義的!
ここは大きな差だと思う。
また日本人ならではの国粋主義のヤバい伝統に触れるか如何は大きな問題で、
それをベースに明治〜昭和の言論ってあったと思うし、
陽気なアメリカンフィーリングからは注入できない要素が多くある気がするんだ。
現実問題、基本パリピな脳みそを持つニーに上記のペシミズム(ザ・日本人的な知的要素)を注入するにはやっぱり日本人が書いた読解問題やるしかなくてね💧
知性改革!?とでもいうのかな??
そういう要素が必要だと思ったんだ🌀
でもね、本当にペシミズムを知りたいと思うなら、、
本当に絶望した経験がないとあかん!と思っているんだ🌀
ニー楽しいことばかりで生きてきたから、
そう言う経験皆無なのよ🌀
だから大学受験は、
絶望してのし上がった数で決まるかもしれない!そういう側面が多くあると思った💡
何に絶望するのかは人それぞれだと思うのだけど、心から必要とならなければ本に手を伸ばさないだろうし💦
一冊の本との出会いが大切だと思った📕✨