こんばんは⭐️レモネードです。
ご無沙汰しています🖐️💦
色々な事があり、バタバタしていました!
その事については、後日詳細について書きたいと思います✏️
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以前にやったMBTI診断で、ある事に気がついた💡
ある一つの分類傾向。
息の長い人と短い人という言い方で表現される、
継続力のある人と熱しやすく冷めやすい人との分類。
陰キャとか陽キャなどなど、そもそも人を分類するのってどうかとも思うのだけど、
人って「長尺の人」と「短尺の人」である程度分類されるのではないかとふと思ったお話。
ニーチェが「悲劇の誕生」という著書で、
アポロン的とディオニュソス的という対比を用いているのだけど、
アポロンは造形美、ディオニュソスは音楽の美をそれぞれ担っていて、
ざっくりと言うと、アポロンは無時間的、ディオニュソスは時間的という対比について言及していた。
その著書では、その2つが壮大な芸術を構成している、という考え方なのだけど。
細々とだけど長ーく続ける人。
一時的は我も忘れてガーーーッと熱中するけど、マイブームが去ると急に冷めて、別のものに熱中する人。
結論を先に言うと、
>両方必要な人材だよなーと改めて思ったんだ✨
ゴーまじ先生はコツコツ型を推奨しているように思ったのだけど💡
無時間的(短尺)な人は、その時間その瞬間の重みや膨らみに貢献する人だと思った。
絵画もそう。
絵を見る時間。視点の統一の起こるその瞬間をどれだけ強いものにできるかにアーティスト達は命をかけている。
即興ライブなどもそれに近いように思った。その時間その場所にいないと体験できないもの。
瞬間的な感動。
その「瞬間」を限りなく増幅させる才能のある人。
需要はあるように思う。
時間的(長尺)な人は、慣習的に習慣的に必要な事を着々と継続してできるタイプなのだろうと思う。
無時間的(短尺)な人と比べても、とても理性的で冷静な印象だ。
ただ、その習慣化の継続にも情熱が存在する。
ロールプレイングゲームで経験値を上げていく達成感。
その人はミクロな部分的な情熱の瞬間的な発散に止まらずに、もっと大きな壮大なストーリーを前提として動いており、その途上にある。
それが達成した時に大きな感動があり、達成しなくても日々のルーチンワークの中で着々と進行していくものに貢献できる小さな幸せを日々噛み締めている。
ただね!
>>短尺も長尺も消費カロリーの総計は同じだと思ったんだ。
それ程短尺の熱中度合いはそれは半端ないものだし、
長尺の細々とした情熱もまた長いスパンで見るととても強く大きなものであるように感じる。
私自身は自己分析で短尺型だと思ったの💦
だから、ブログがよくここまで続いたよ!と自分を褒めたい😅
そして考えた。
短尺型が、長尺化したら「スゲー人間出来上がるぞ!」ってね!
気質的に長尺型の人がむやみに短尺化する事はまず見た事がないのだけど。
その逆はワンチャンあるのではないかってふと思った。
カロリー絶対もたないだろうけどね💧
ただ!
>>こればかりは気質だと思う!
「コツコツ」や「習慣化」を声高に強調している人は、短尺型!
長尺型は既にただ淡々とルーチンワークに取り入れているのよね。
と言いながらも、短尺・長尺の比率は各々違っていて、程よくあるのが普通だ!
傾向的にどっち傾向が強いという点は言えると思うのだけど。
短尺・長尺で絶対的に最も違いがあり且つ重要な点は、やはり、
長期間にわたって情熱を持ち続けられるか否かにあると思う。
何かを続ける、という事は情熱がなければできない事だ。
短尺型の弱点は、無時間的な感性が鋭いが故にその分大きな瞬発的な情熱が錯綜し、瞬間的な情緒が錯乱し、それが長期間的な「飽き性」に拍車をかける点。
そこを分析すると、無時間的な瞬間の幅が大きすぎて、入ってくる情報量が多すぎて、その縦幅は時間的な横幅に相当するレベルなのではないか?っていう話。
それだけ短尺型は瞬間的には熱いんだよ!!(強調)
でもね!飽き性も悪くないの✨
飽きて目移りする分色々な経験ができるからね!
黙って作り上げるより楽しいって思ってしまうんだ💡
「ノーベル賞」とか絶対無理なタイプなのだろうけどね💦