こんばんは⭐️レモネードです。
昨日のお話です🙏💦
私は父の車で檀那寺にある大きな法要のビデオ撮影のお手伝いに出かけた。
世田谷区にある浄土真宗(親鸞聖人)のお寺さん。
N◯Kのアナウンサーさんや芸能人さん、有名人さんも檀家さんで結構いるお寺さんだ。
住職や坊守さんは子ども食堂や子育て中のママの支援、災害地での活動、ハンセン病者の差別撤廃の活動など精力的に行っている。
私が高校生の頃、父方の祖父母が相次いで亡くなり、
気落ちした父は檀那寺にて今でいうグリーフケアのようなもので、
親鸞聖人の教えを勉強する事で、心の落ち込みを緩和する様な効果を求めていた。
父は祖父母が眠る寺に通いつめ、さらにはお寺の総代までになった。
そのようなつながりで、学生時代はよくお寺の子供会のスタッフのお手伝いやイベントのお手伝いなどに行っていた。
ただチャーと結婚後は、祖父母のその都度の法要以外はお墓参りすらも疎遠になっていた。
そんな中、お寺で大きな法要がある事を家族のグループラインで連絡があり、
父がビデオ撮影係を募集していた。
いつもの事だが、誰もリアクションがない💦
父から個別に連絡があり、久しぶりにお寺の行事に参加しようと決心した。
寺のイベントの中でも一番大きいイベントが11月にあり、その手前の2番目に大きなイベントが永代経法要という今回のイベントだ。
>別名、音楽法要!!
ただの法要ではなく、お寺にゆかりのある方々のバンドと共にお経という法要がなされる新しいタイプの画期的な法要だ。
父が用意したビデオカメラはレンタル品で4K仕様だった。
私は約3時間の間、ズームイン・アウトをしたり、引き絵のまま横にスパンしてみたり、結構小技を効かせながら撮影に挑んだ。
お寺さんが用意してくれるお弁当はいつもとても美味しい。
法要の終了後はいつもの広い和室で打ち上げ会があった。
色々なご門徒さんに声をかけられた。父と母が多くの人たちに愛されている事を改めて感じた。
その後の打ち上げ会である程度お酒も進んだ頃、住職に声をかけられた。
拡声器を持って皆の前に立ち、本日の法要の感想など話してほしいというものだった。
私は酔いが回っていたもののなるべく率直に話そうと思った。
そこで、チャーの父方のお寺(結婚後に縁を持った千葉の山奥にある天台宗のお寺)について話をした。
それまで浄土真宗の正信偈(お経の経本)に慣れていたので、天台宗のお経のその違いに驚いた話だ。
中国やインドの源流を炎の如く感じるお経。
とにかく早い!文字が漢字の一つ一つがまるで自律的に迫ってくるかのような早いスピードで且つ一定のテンポで聞こえてくるお経。
音を鳴らす鳴り物(梵音具)も音域が全て低音で半音に近い音も多くある様に思う。
その有り様は、、
>ラップに近い!!
聞いている内にトリップしていく感すらある。
お寺も檀那寺より暗く高い場所にあるが故に密教を彷彿とさせる荘厳な雰囲気がある。
そんな中でストイックにラップ系のお経をガンガンガンのリズムで読んでいく。
それに比べて、今回の「音楽法要」はどうだろう!
確かに天台宗から見たら、浄土真宗は「新興宗教」である事は感じられた。
ただそれだけでなく、法要で「親鸞のブルース」なるものを歌うお坊さんの熱い想い、気持ち、優しさ、、
なんて形容したらいいのだろう。
>「ヒューマニズム」だ✨
流石に言ってない。仏教は元より浄土真宗に精通しているご門徒さん達の前で「ヒューマニズムだ!」なんぞ言うものではない。
何とか「人間的」と表現してみた💦(同じでないかい!)
格式張ったお経には決してない、優しさや暖かさ、人と人との繋がりが多く感じられる法要だった。
どちらがいいというものではない。
ただ強い信念がなければ、あの天台宗など古代の仏教の基盤の上に形造られる事がない宗教である事は改めて充分に感じたのだ。
弱者に優しい親鸞聖人の教え。
まず人と人が温かく繋がる。
左翼的な活動をしている人もいる。
その反対もいる。
学のある人もいれば、ない人もいる。
それでいいし、高い敷居もない。
ご門徒さんは誰もが参加できる。
人間関係でトラブルがあっても、
欲望が強くても、罪人悪人でも、当時の身分の低い人でも皆受け入れる、
親鸞聖人の教え。
率直に伝えると、拍手や歓声が上がった。
酔ってたから言えた。
今でもそう思う。
暖かい人たちとの交流や世田谷在住の人生の先輩達の話に驚きつつ、
法要のイベントは無事終了した。
帰りの車内で父に「11月も頼むよ」と言われてしまった💦
親がまだ元気な内に親孝行だ!