おはようございます☀️レモネードです。
GW真っ只中ですね✨うちはW受験生なので遠い外出は控え気味ですが、
一昨日と昨日、私は家にいませんでした。
5/2は画廊の在廊当番。
5/3は実家の檀那寺のイベントのビデオ撮影係に呼ばれて、そのままお寺の打ち上げに参加。
2日はアート系
3日は実家の父母にちょっとした親孝行(?)
(お寺の浄土真宗の親鸞聖人の教えを共有している方々と交流)
2日間とも昼食はお弁当を用意したのだけど、夕飯は完全にチャーにお願いした。
1階のキッチンでチャーがニーとムラの夕飯の支度や片付けなどをしてくれた。
(このおかげで2階のキッチンが汚れることもないのです。家庭内別居ありがたや🙏)
⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️
今日は、一昨日の在廊当番での出来事を記したいと思う。
下記の展示者の展示。。。。
結局4人展になった。
改めて展示を見ると、強いメッセージを受け取った。
「不在のオブジェクト」
というようなテーマだ。(実際にはちょっと違うが💦)政治色も強い。
4者4様に、言語化した文面が画廊に置かれていた。
美術史も踏まえての文体なのでそこそこ難しかったが、
強い信念を感じた。
いずれ各自の文面は書籍化するらしい。
そういえば、この画廊って元々こういう画廊だった。
>言論と現物(芸術)の重なる場所。
20年以上前画廊ができる前段階から、大学内で先輩と先生が動いている事を感知していた。
自分が大学を出てから本格的に形になっている事も知っていた。
画廊の原初的な信念を体現している展示だ、と改めて思った。
(色々書いてしまったが💦)
私の在廊日は土曜日!
日曜日にはトークイベントも開催される。
その前日であるにも関わらず、さらには展示自体延長されて短くなったにも関わらず、
美術関係者達がわんさか訪れた。
この展示に興味を持っている時点で、中々の強者揃いである。
来訪者達とずーっと話し続けて、1日終わってしまった🌀
人間ってこんなに話せるものなのか?と言う程話した。
内容は美術の事、評論の事、政治の事、お互いのアート作品の事。
キリがない。
中でも3時間以上話し込んでしまったのが、大学の後輩のAさん(男性)だ。
2学年下の後輩男性Aさん。Aさんは現在活発に活動(!)し弁も立つ人で私達が元いた大学で講師をしている。一緒に話したBさん(女性)はガチの美術評論家さんだが、私とAさんの話バトルに興味深く耳を傾けてくれていた。
私には恩師が3人いるが、、
AさんはC先生派で私はB先生派で(どちらかと言うと💦)それぞれの視点からずっと口論(討論?)が止まらなかった。
Aさんも話し出したら止まらず、面白かった。
>Aさん、学生時代から全く変わっていない!
向こうもそう思っているかもしれない。
学生時代も後輩や先輩達とずっと芸術論を交わしていたのだ。
Aさんが飲み物を買いに、一度画廊を出た後、
美術評論家の女性Bさんとふと話をする機会をもらった。
私は同じ女性としてつい本音を語った。
「学生時代から卒業と同時に美術界を脱退して、郊外のある場所で20年も主婦やってて、SNS中毒の若者のように外に出ようとしなかったから、Aさんみたいにずっと変わらず超ポジティブに続けている人みると、すごいなって思います。」
Bさんは言った。
「そんな事はないですよ。ブランクがあって戻れる人の方がすごい。どれだけのエネルギーを消費するのか?通常では考えられない程の力だと思います。」
確かに色々打撃は受けた💦
実際、今でもチャーにも夕飯のお世話などお願いしている状況。
でも今都心に出て、美術関係者達と語り合う語り合い続けられる機会をもらって、原初的な自分に戻った様な不思議な感覚なんだ。
それにしてもBさん、名の知れた評論家さんなのに、「私はちょっとした書き物をしていて…」って謙虚過ぎる。そんな感じで話しやすいしちょっと同志感が高いから、先日のトークイベントで会った時から昔ながらの友人のように学生のように語り合ってしまっていた。
Aさんも戻ってきて、引き続きしばらく話した後、ある時不意に3人の意見が一致した瞬間があった。
「日本が平和なのは”今”だけだね。」
言いたくなかった。聞きたくなかった。感じたくなかった。
しかし3人は一時的に共有した。
切羽詰まった想い。
一瞬、時が止まった。
胸が苦しくなった。