こんばんは⭐️レモネードです。
だいぶ暖かい🌸を超えて暑い日☀️も出てきましたね☘️✨
先日、ムラが60年代の洋楽を聞いて、次のように言った。
>>「かっこよっ✨!」
「さすが!ビートルズを抜いて欧米一位を取っただけあるわ!!」
ローリングストーンズかレッドツェッペリンを聴いていたのだと思う💦💦
↑改めてムラに聞いたら以下の曲でした。(名曲らしいが、私には分からない💦)
「かっこよ」って文法が変じゃない??
さらに、たまにムラが言う。
>>「最高かよ✨!」
ママは昭和生まれのせいか、なんか違和感がある。
でも「最高」なんだろうな✨
「かよ??」と疑問詞的になるところがよりその「最高」を引き立てているように思った。
今日、ムラが先に夕飯を食べて塾へ行き、その後ニーが学校から帰宅したので、
ニーにちょっと聞いてみた。
>「かっこよ!」ってどういう意味??
ニーが言うには、「かっこよ!」を言うシュチュエーションは、、
>>「煽り」だそうだ。
例えば、お話の長い先生が、ちょっといい話をして、
>「うわー💦」とか「かっこよ👍!」とか「いいねー👍」で「反応」するらしい。
その時、気がついた。
なんかムラの使っている「かっこよ!」とニーのとではだいぶ違う!と🤔
何が違うって、「感動のレベル」が違う。
ニーは確実に紋切型として記号として「かっこよ!」を使っている。
ニーにムラがビートルズを聴く時やそのライバルの、、ローリングストーンズやレッドツェッペリンに使っていると説明すると、、
「あーー確かに、純粋に「カッコいい」時にも使う事もあるね。」と納得した。
ただニーの世代(高校3年)まで来ると、
純粋に「かっこよ✨!」を使わず、ちょっと斜め上の視点から煽り的に使っている事が分かった。
まあ、、3歳差と言っても中3と高3で「かっこよ!」の使い方まで変わるものなのか。
では、ニーが普段心から感動したりする事はあるのかな??つい知りたくなった。
最近授業でも面白かったものや事柄はよく話してくれるようになった。
最近では夏目漱石の評論がすごく良くて、現在でも通用するものだ!と教えてくれた。
でもムラの「かっこよ✨!」のセリフから滲み出る直情的な感動を、いまいちニーから聞く事はない、という事に気がついた。
あくまで斜め上からの「かっこよ!」なんだよね。
本当に感動する出来事があっても高3くんだりまで来ると、
「かっこよ!」でなく「いいねー」位のマイルドさで理性的に消化されるのだ。
ニーの希望大学の入試を見て思ったのだけど、
底辺にあるのは、、
「感動✨」だ。
どんなに難しい言葉で説明をしていても、感動がないと言葉も文章も出てこないし、成り立たない。
模試の偏差値は、、「感動した回数とその度合い」で成り立っている事に今更ながら気がついた💡
だから幼少期から、色々な経験をさせるって良い事なんだろうね。
と腑に落ちた。もちろん、本人の興味に従って、だ。
自分という人格の殻が固くなり、様々な事柄を消化して一般常識的に捉えられるようになり、ムラのような直情的な感情を操作できるようになるからこそ、、
ニーに今こそ「感動」が必要だ。
受験前だけど、夏あたりにちょっとリフレッシュに文化的な体験(おすすめの映画とか)でもしたらいいな、と思った。
それも興味に従って行動するかは本人が決める事だが、
おすすめ映画を一緒に見る機会があってもいいかな、と。
そんなお話でした!
(補足)
最後に!
ムラは洋楽の英語部分を理解した上で聴いているのか分からないのだが💦
ムラの「かっこよ!」曲をグーグル翻訳してみたら、
ちょっと泣けた💦
>>確かにかっこよ✨!
昔の曲って直球がいいよね!
テクノっぽい遠回しな隠喩ばかりの最近の曲にはない新鮮さに満ちていた。
感情を率直に表現する事。
R&Bの醍醐味なんだね。
「Reach Out, I'll Be There」フォー・トップス

