こんにちは☀️レモネードです。
先日の中3の授業(理系・文系)を後日受講した。
本当はリアルタイムで視聴できたらと思うのだけど、
その時間は色々忙しくて💦
後日視聴だと、テスト時間などはスキップできるし、
先生の話部分はじっくりと聞けたり、短時間でピンポイントで視聴できる点もありがたい🙏✨
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AKR先生のお話では、数学模擬(北辰テストの過去問)の点数で偏差値などを換算してくれたり、受験の詳しい情報をその都度小出しに教えてくれるので、とても勉強になる。
そんな理系授業のAKR先生のお話で、
「お母さんの料理」の話があった。
AKR先生のお母さんは、料理番組を見て熱心にメモを取って学んでいる割には、カレー以外の料理はイマイチだった、、というお話だった。
これは、勉強にも言える事だそうだ。
一生懸命授業を受け、沢山メモをとり、学習したつもりになっても、実際のテストでは全く点数が伸びない、、こういった事は日常的にないだろうか?
考えさせられるお話だった。
実は、思い出したことがある!
>>私の母の「NHK基礎英語」ラジオのお話だ!
私の母は、私が中学生の頃、毎朝キッチンで「基礎英語」(NHK)2年→「続・基礎英語」2年→「英会話」1年まで聞いていた。
>>合計5年間だ!
にも関わらず、弟(ディー・当時中1)と英検3級を受けに行って、ディーは合格し、母は落ちてしまったのだ!
5年間も毎朝欠かすことなく聞いていた英語学習は何だったのか!?
それらの英語学習は、母の中で完全に「バックミュージック化♪」していたとしか言いようがない。
ここまで来ると「ファッション」だ。
朝、キッチンで英会話学習している私ってちょっとオシャレ、ちょっと素敵、ちょっと上昇志向、ちょっと学んでいる感、、
しかしながら実質、大した実りがあった訳ではなかったのだ。
このカラクリは成績が中々伸びない子に多いのかもしれない🤔と考えてみた。
「やったつもり」で満足してしまって、本質を見ていない的な。
では、「料理が上手い人の特徴」とは何だろう?という視点で考えてみた。
私も決して上手い方ではないのだけど、料理研究家さんのように料理が上手い人の特徴を考えてみると、、
>>「さしすせそ」を熟知している!
そういう印象を持っている。
「さ」は、酒。「し」は塩。「す」は酢。「せ」は醤油。「そ」は味噌。
それらの根源的な調味料という食材(?)の成分や味、その他の食材との相関関係を熟知している印象を持っている。
例えば、塩と小松菜との組み合わせでは、こういった化学反応が起こる!とかそれによりこういった食感が得られる、とか。置く時間によってこういう状態に変化する、、とか。
これって何だろう?
ある種の「アート」だ!
だからこそ、春夏秋冬の旬の食材への意識から、日本の和文化への意識も高い!
着るものも食器も風情を楽しんでいる。
全て日常生活と繋がっている気がした。
やっぱり、生徒達からも出ていたが、
料理とは、「気持ちや愛情、想い」のようなものなのかもしれない!
そんな風に考えてみた。
では、勉強に置き換えてみると、
やはり勉強への意識と、、
何より重要なのは、
>>「その周辺」意識なのではないかと考えてみたんだ!
料理で言う四季折々の感覚、和文化を大切にする気持ち、家族との楽しみ方、風情を一緒に楽しむ気持ち、
ダイレクトに直結とはいかないが、何かしら関連している事のように思った。
ただ一つだけ!俺は「スポーツの〇〇選手の伝記」に興味がある、とかが発端となっても良いのような気がした。
ムラでいうと音楽だ!最近ムラの口からプリンスやローリングストーンズ、ビーチボーイズの話が出てきた!
ママは名前は知っているけど、そこまで聞いた事はない💦
ただ話を聞いているとアメリカ系の洋楽は聞いているみたいで、
デヴィッドボウイまでは辿り着いていないみたいだ!
今回のお話から、
ムラの音楽好きが、何かしら勉強の周辺部分を形造るきっかけになってくれたらいいな、と思った。
本質への理解、本質への愛着、本質から悟る事、そういった流れを作る事につながるように思った。
しかしながら、ある種の厨二病がまさかの知的な部分でこのような形でつながってくるとはねー🤔✨