こんにちは☀️レモネードです。
秋晴れのいい天気ですね!
今日は私が小5から通っていた幻の中学受験特化型進学塾・YG塾(まんま💦)について忘却の彼方にある記憶を辿りながら書いてみようと思う。
ゴーまじ先生の通っていた塾と同じです☝️
通っていた年と校舎も違っていたので、リアルタイムで同じ塾を共有した事はない。
ただゴーまじ先生がYG塾出身と聞いて、「なるほど💡」と感じた。
YG塾出身の子供はそれと分かる程、独特のオーラを纏う。
そして松江塾は、YG塾のソフト面でなくハード(信念)の部分をガッチリ受け継いでいるようにも感じる点も多くあるんだ。
YG塾は、地元の算盤塾や学習塾とは一線を画した存在だった。
当時は受験戦争が最も白熱したような時代で、YG塾はそれを象徴するかのような塾だった。
初期には竹刀持った先生が教室内にウロつき、日の丸鉢巻をした生徒が勉強にガンガン打ち込むようなイメージがある。
⭐️いい大学に行きましょう。
⭐️お子さんの将来はお任せください!
⭐️学歴をつける事はとても素晴らしい。
受験戦争の弊害に対する言説も同時に多く取り立たされていた時代、
この金言を「胡散臭い🌀」と感じる地元民も多くいた事だろうし、
何といってもYG塾は、ムカつくほど月謝が高かった。
なのでYG塾生の保護者は経済的に豊かな方々か、学歴への意識がとても高い方々が多かったイメージがある。
ただし今振り返ってみて、上記の金言はあながち間違ったものではなかったという事ができる。
当時のYG塾生と非YG塾生の知り合いを比較しても、
現在稼いでいる年収には大きな差がある事はまったく持って動かない事実だ。
松江塾と違う面は勉強の仕方だ。
松江塾が基礎を徹底する方向性なのに対して、
YG塾は、ガンガン応用問題を解きまくる!
特に入塾仕立ての小学生は算数はまず難解すぎてついていけない。
どう頑張るかというと、、
どう足掻いても
国語しか手が出ないのである!
しかもその国語の問題もものすごく曲者で、
トップ大学にも出題されるような難解な哲学論や芸術論、文芸批評などを切り取って
それまで公園を走り回っていた小学生に解かせるのである。
そこで何とか算数が全滅に近い小学生たちは、国語で点数を稼ごうと食らいついて行こうとするので、
半端ない語彙力を身につける。
書いているだけで、スパルタだな、と感じる。
当時の都心の中学受験に対応するためには、その洗礼をまず受けるしかなかったのだ。
(当時は周りに私立中学などなかった💧)
応用問題バリ解き型のYG塾と違い、
松江塾は「基礎の定着」という独自の路線を貫いているように思うが、
YG塾が元々持っていた高学歴への偏執狂的とも言える執着、憧れのエリートへの限りないファンタジー🚀は、
その信念部分は、しっかりガッチリ受け継いでいるように日々感じている。
そしてもう一点、松江塾とYG塾の共通点は、、
生徒である。
親は裕福だが、運動ができる地元民にクラスの一軍ポジションを奪われ、
なんともいえないストレスを抱えつつゲームやインドア趣味以外に価値を見出せなかった持て余し系の生徒たちが、
勉強であいつら見返そうぜ✨✨!!!
と唯一「あいつら」に勝てる希望の活路の場だったんだ。
むしろそれだけが唯一モチベーションだった💧
そのノリが何とも似ている。
しかも当時は現在よりもその争いは過酷だった。
しかし松江塾では今でもその生徒のモチベーションのあり方は崩れていないように思う。
ゴーまじ先生は私よりもYG塾カラーが強い!
と感じたのは、
YG塾の校歌を全て覚えていた😱!!!
信者やん…
ゴーまじ先生に比べたら、私はずっと不良生徒だったかもしれない🌀
今現在、生徒数は減少し、当時の学歴社会とは大きく様相が変わってきた。
そんな時だからこそ
YG塾の信念について今一度捉え直してみてもいいかもしれない、と感じた。
考えてみれば、あのスパルタも悪くはなかった。
私は難しい本が読めるようになったのだから。
そしてゴーまじ先生はあのYG塾で、おそらく果てしない語彙力を身につけたのであろうから。