こんにちは☀️レモネードです。
今、私はアート作品を展示中だ。
しかしながらSNSである程度自分の作品や作品風景は見れてしまう。
わざわざ足繁く通って見に来てくれるものかなー??などという話をニーとした。
ニーが言うにはZ世代やα世代はSNSの画像映像だけで「見た」気になって満足してしまうのだそうだ。
なので、リアルではあまり人が来なくても仕方ないのではないかと言う。
>そういうものなのかー🤔
「鉄道」好きに置き換えてみて考えてみた。
本当にその鉄道の「写真」や「動画」で満足できるのだろうか?
それで本当にリアルにそれを感じる事ができるのだろうか?
確かに最近のスマホのカメラ機能はとてつもなく性能がいい。
全く同じものを同じかそれ以上の解像度で再現できる力を持っている。
大きめサイズのスマホやタブレット、PCなどで再生すれば、
本物を見る事に近い状態を再現できるのだろう。
ではリアルでなければ感じる事ができない事はなんだろう?と考えてみた。
ただ煙の音は拾えても、実際そこにいなければ吸えない空気感。
自分以外のギャラリーの喧騒、取り止めもない声の集積、たまたま居合わせた知り合いとの軽い雑談、カメラで拾えない光の加減、気温といった温度感、匂いといった嗅覚、日光の傾斜の仕方とそれに寄る影の付き方、後はその場所に辿り着くまでの体力や時間と交通費の消費といった苦労が伴う。
それをワンクリックでリビングで心地よい体勢で見れるのだから、
>行かないよねー💦
リアリティとはなんだろう?と考えてみる。
「アイドル」好きに例えてみると、握手会などの触覚は確かにリアルでないと味わえないものだ。それ以外でも生の音や声、自分がその場にいる事で味合える5感全てを総動員した体験はもちろん動画を超えるものだ。
結論が出た!
「好きでないと行かない!」
今回の展示が久しぶり過ぎて、認知度もあまりファンと呼ばれる人もいなかったので💦来場数はあまり多くなかったが、ありがたい事に友達や知人、家族や親戚、画廊近くの道行く人、美術関係者がわざわざ足を運んでくれた。
でも今回初めて、自分から外部の人達に対して多くのアプローチをかけて、何となくフラれたような経験を味わった。
普段は違う。
学校や部活、習い事に行けばママ友が声をかけてくれたり、スーパーに行けば威勢の良い魚屋さんが声をかけてくれる。小さなコミュニティでは、人のぬくもりを感じる事ができた。実は対人がちょっと苦手な時期があり、あえて人を避けていた事もあった。
それがいかに贅沢な事だったかを痛感した。
大きいコミュニティでは、こちらがガンガン「自分を見てくれ!」とアプローチをしても、靡かない人達も多くいる事を知った。(YouTubeの再生数のように💦)
小さなコミュニティの広報部としては、自分の力のなさ加減を知る機会だったし、戦略も甘かったと痛感した。
展示期間はあと2週間あるが、、ベッドの上でお菓子を食べているZ世代やα世代に刺さるにはどうすれば良いのだろうか?

