中2高2松江塾【初代公認】ママブロガーレモネードの徒然記

松江塾中2男子・松江塾卒高2男子のママ、レモネードです。日々の記録や思ったこと感じたことを徒然記していきます。

【元高校教諭が語る】美術という教科の評価について

おはようございます☀️レモネードです。

いきなり堅苦しいタイトルになりました💦

自分自身が美大の大学院を出てから、高校教諭になった時の経験談の一つを切り取って記事化してみようと思います。

 

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lemonade-blog.online

 

↑上記の記事の後のお話です。

その後私は大学院に進学しました。

美大の油絵科、しかも院まで行った学生は大体がアーティストになる人が多い。

同級生達は華々しく画壇にデビューしていた。

その中でも皆が抱える問題は「収入」の問題である。

 

 

就職している子を見ると教師や学芸員などが多かった。

私も教員免許だけは大学時代から義理で取得していたので、

大学院を出る頃は「専修」という教員免許を取得した。

私はあくまで収入を得る手段として「教員」の選択肢も入れていた。

しかし本命はゲーム会社だった。

「雑念」に囚われている自分はアーティストの道を一度外れ、一度は大きい収入を得るために就職する気満々だった。

 

ゲーム会社の二次面接の前に、とある公立高校の校長から連絡があり、行って話を聞くとすぐ採用と言われた。

美術教科の「専修」という免許保持者はあまりいないようで、教員採用試験もパスできるとのお墨付きをもらった。いくつかの私立高校の面談に行っても「教諭(美術コース)としてすぐ来てほしい。」とのオファーがあった。当時は教員も御多分に洩れず就職氷河期だったが、自分は教員においては苦労なく収入を得られるポジションがもらえる、と思った。

 

 

ゲーム会社は忙しそうで制作活動が全くできなさそうなので、ゲーム会社の面接には行かずにそのまま教員になった。

「収入を得るために手段として教師を選択したが、元々は教員を志望していた訳ではない。」これが甘い考えである点を後々よく知る事になる。

 

 

でも自分の社会経験は教員という形でスタートした。

今回書きたいのは、その一年後の偏差値66の公立高校にいた時の経験だ。

 

 

その前の1年間は公立の底辺高校で大変な思いをしたので、勤務する学校が変わるだけで転職したのかと思う程の激変ぶりだった。

まず教壇に立つと、40数人の生徒達の目が一斉に自分に注がれた。

「すごい。みんな自分を見ている✨」

驚きを隠せなかった。

底辺高校にいた時は、本当に自分をしっかり見て話を聞く生徒はクラスに対して数人〜頑張っても10人だった。

 

 

また同時に視線の種類が違う事に気が付く。

「競争心」とでも言うのだろうか?

自分を見る目に力がこもっているように思ったんだ。

 

 

実技に入るともっと驚いた。みんな、そこそこ上手だ。評定でいう所の「4」が大多数であった。「5」の領域に届く子も結構いる。前年のように授業中走り出したり踊り出したりする生徒はおらず、一生懸命デッサンに集中している。その集中力が半端ない事を悟った。もちろんそれは教師としては嬉しかったのだが、何かが違う気がした。

 

授業前も画材を運ぶ自分に「先生、持ちます!」の声。「私も」「私も」が連なる。

しかも「○年○組の〇〇です。」と自己紹介までして帰る。

圧倒された。

 

授業が終わると私は美術準備室に入って、彼らの事を考えた。美大に行きたい子は美術部に数人いたが、みんなレベルの高い普通大学を目指している。その中の一つとして美術があるのだ。

 

これは評定の付け方で荒れるぞ!そう直感した。

 

予感は的中し、自分は彼らの完成された作品を並べ、思い悩んだ。

大方「4」、「5」も多い。しかしながら「3」はいない。

完全に絶対評価なら良かったのだが、ある程度相対評価で評定を決めねばならない状況にあった。「4」の方に微々たる差で「3」を介入させねばならなかった。

 

その苦しみ。

 

また反面、どれも似たような「評定を上げるために作った作品」になっている点も見逃すことができなかった。自分の価値観を崩すようなアイディアや思い切った冒険に出る作品は少なく、小手先の「技」を駆使して「上手く見せる」事に秀でている子が意外に多かった。「課題提出力」が高いとでもいうのだろうか?

それだけではない。

生徒達は私自身が美術教師の中でも「アカデミック」なタイプの先生だと見抜いていた。

そのスタンスには生徒の中でも賛否あるのだろうが、それを私の前では決して言わずに評定絶対主義の彼らは、「思い切り自分に寄せてきている」という事に気がついた。

私の言葉の端々から私がどのような芸術に価値を置いているのかという点を彼らは読み取った。芸術という領域が多様な価値観である点も十分知っての上だ。

 

 

ここで自分は基礎的である程度公平な基準で評定を出す事にした。

画面の強度(完成度)だ。

 

絵画は一度本人の中で完成をする。もちろんその状態では画面に塗り残しなどなく、画面全てが幾筆にも折重ねられた痕跡が残っている。その上でもう少し何とかならないかと試行錯誤を繰り返すうちに第二の完成が訪れる。第一の完成と第二の完成を比べると画面全体が見えてくる強さのレベルが異なる。粘って試行錯誤をし、苦しんだ者だけが得られるものが画面の強度(完成度)がある。もちろんその他にも「形が歪んでいないか?」とか、トーン(調子)の色味が「3次元的な空間を作れているか?」、など基礎的な基準はあったが、強度不足は逆に言うとそれだけ絵画に時間も手間もかけていないのであるから、彼らも納得できるベースとなる基準として敷く事にした。これで絵が下手でも頑張ってる生徒にはある程度のチャンスが生まれた。

 

彼らの大学受験に向かうための競争意識による一生懸命さを見るたびに、「心の底から芸術を楽しむ」訳ではない点が当時の自分の悩みだった。でもそれはある程度の画面の強度を前提にしている訳だから、贅沢な悩みとも言えたのだが、美術の時間はもっと遊び心があったり、本人がリラックスができる時間にならないと良い作品は生まれないと思った。

 

 

そこに辿り着く為には一度「評定」というものの概念を破壊する必要があったが、評定が全ての彼らにそれを課す事はとても難しい事だった。

 

松江塾で副教科の評定の取り方の話が出た時、当時の自分の悩みを思い出した。

 

時間がない中でも、勉強と同じように、作品を作る上でもがき苦しんで足掻いて作ってほしい。強度の高い完成度に向けて何とかしようと作り込んでほしい。

 

その気持ちはメイン教科と変わらない。

なので、美術を「勉強で時間がない子のために…」という立ち位置だけにはしたくなかった。

 

元美術教師の気持ちとして書き記す事ができたらと思う。

 

 

【ワークで迷う】iワークVS新ワーク

おはようございます☀️レモネードです。

 

昨日は午前中〜午後までニーの高校の役員の仕事、夕方19時〜ムラの中学の役員の仕事(W役員💦)で一日中バタバタしていました。

ムラは期末テスト直前の土日なので、松江塾の爆裂(10時〜19時20分)その後は授業。

ニーは、通常登校。二人ともお弁当持ち。チャーも仕事。

 

ムラ、テスト直前になった昨日、やっと本腰を上げ、学校ワーク以外のワークを全教科テスト範囲を解いて丸つけをした。

一昨日の夜は、ムラと作戦会議をし、学校ワーク2周目の状態からどう畳み込んでいくか?の話し合いをした。

そこで出てきた、学校以外の別ワークが「iワーク」と「新ワーク」だった。

数学ワークは「新演習」。国語のワークは塾で配布されたワーク。迷ったのは理科のワークと社会のワークだ。

ムラに決めてもらった。「iワーク」の方が量が多く詳細まで問題が出題されている気がする。「新ワーク」の方が出題数が少ないイメージがあり、「定期テスト予想問題」というものが参考になる気がしたそうで、ムラは「新ワーク」を選んだ。

英語のワークも「新ワーク」を追加しようか悩んだが、結局教科書の英訳を仕上げる形を優先し、ワークは学校ワークのみで対処する戦略となった。(時間がない故💦)

 

昨日は別ワークを終えて、本日その直しを解く事と、本日の爆裂でようやく学校ワーク3周目に突入するそうだ。

 

テストは来週の火曜日から。直前のバタバタ感よ💦

 

多分松江っ子なら、この状態は1週間前の状態だと思う。

それなのに昨日と本日の爆裂に全てを託す感が半端ない。

 

本人が直前にならないとやる気にならないので、もうしょうがないと割り切った。

中2なので、あくまで本人の手伝いに止めようと思う。

 

 

 

【しゃべり過ぎに要注意!】オンライン面談で失敗する🌀

こんばんは⭐️レモネードです。

 

現在、浄化槽清掃の時期にある。

暑さが本格化する前にきれいにしたい。

 

そんな時、浄化槽清掃の業者から書面が届いた。

なんと、浄化槽清掃の日程が立て込んでいて、8ヶ月の延期の通知だった。

 

早速浄化槽清掃業者にTEL。

「人手不足」で8ヶ月の延期は避けられないとの返事をもらう🌀

 

私は浄化槽清掃のオファーを出した浄化槽点検業者に電話し、

もっと早い時期にできる業者に変えてもらえないかを検討してもらった。

A会社は半年待ち、そしてB会社は、たまたま空きがあり明後日!

これは、B会社一択!

先日、きれいにしてもらった。

ホッと一安心✨

 

 

そしてさらに先日、ちょうどデザインの依頼のスケジュールに久しぶりの空きができた時、かなりお久しぶりに銀座のデザイン会社から、「超忙しいので、手伝ってもらえないか?」との話がくる。

ちょうど空いていたので、ぜひぜひと期間限定の継続依頼を受注した。

 

Googlemeetで久しぶりに上司と話すと「めちゃめちゃ忙しい感」が伝わってきた。そこで「私以外にも知り合いのデザイナーがいたら、紹介してもらえないか?」との話をもらう。

ここも「人手不足」の波が押し寄せている事を実感した。

 

浄化槽清掃会社からデザイン会社まで、見えない所で始まっている「人手不足」。。

 

少子化以前に現状人手不足な業種が多い事を実感した。

 

 

それとは別に私は、複数のクラウドソーシングサイトでお店を出している。

自分のスキルを切り売り。新規開拓も兼ねている。

ここの店から始まったご縁は多くある。

月に3回、多い時は10回以上依頼が来る。

スポットでの依頼の他、継続依頼もある。

多くは中小企業の社長や営業部、ネットでビジネスをしている個人様などだ。

その中の3割はオンライン面談を希望している。

何処の馬の骨なのか分からない人より、zoomやmeetで顔を見て話して決めたいという方も多い。

 

ここで試される、コミュニケーション力!

 

先日の面談では私の方が喋り過ぎてしまったせいか、それ以降の依頼が来なくなってしまった💦

こういう時は客観的に自分の言動、会話を分析してみる。

相手の話を聞く聞き役に回るべきなのに、何をしゃべりまくっているんだろう🌀

もちろん企業も様々で相性もあるし、一番重要な信用信頼がなければ、そもそもマッチングは成り立たない。

 

ただ、デザインで落とされるならまだしも、自分の「しゃべり過ぎ」面談で落とされる感が地味にショックだった🌀

 

依頼の量からしても、「人手不足」の会社に何とか自分のスキルをマッチングさせて開拓しようと思う反面、意外と雇う会社側もかなり高い基準を設けている点も同時に実感した。

 

こんな時、本当に必要なのはコミュ力なんだな、と思った。

 

自分のスキルや知識をひけらかすのではなく、謙虚な姿勢で臨む必要性を強く感じた。

客観的に自分を見つめて分析する事が意外とできているようでできない人も多い。

逆にここで客観視できる自分を獲得できれば、もっと受注を増やせるのではないかと検討してみた。

 

 

 

ムラ、文房具にこだわり始める

ムラ、ついに期末テスト1週間前を切った。

なのに進捗状況は、学校ワーク全教科2周のみ!!

焦る気もないムラ。

塾から帰ってきて、余裕のゲームタイム。

 

これからどうしよう🌀ムラと戦略会議にしけ込んだ。

第一のコース:学校ワーク1周目と2周目の間違った問題のみをやり直して他は別ワーク(やり直しの時間も取れる)

第二のコース:学校ワーク3周目をイチからしっかりやって、そのやり直しと応用問題が出そうな教科のみ別ワークを投入

 

書いていて気がついた。第一のコースはリスクが高い。

やはり学校ワーク3周目までしっかりやる第二のコースなのかな??

しかしできる問題を何度もやってもタイムロス感は多くある。

 

問題なのはムラが、その状態を良しとしている事。

いつもの順位に安住していて上を目指す気ないのかな??と思ってしまった。

一度順位が低く下がるなど痛い目に合わないと

本人が「ヤバい」と思わないと根本的にダメなのかもしれない🌀

 

ムラ、1週間前、友達と3人で大宮まで文房具を買いに行った。

そして一つ9千円の筆箱を買ってきた。

 

高い〜😱!!

 

今度一万数千円のシャーペンも買うそうだ。

まあ、ムラのお小遣いで買っているので、どう使おうと勝手なのだけど、

文房具好きのお友達の影響だそうだ。

 

そのお友達は学年一位なので、文房具を大事にしたりこだわる事と勉強は相関関係にあるのではないかとムラと話をした。

 

考えてみれば、私も美大受験時に筆にこだわったり、透明感のある絵の具や油絵科だったのでオイルの性質をとことん分析し、様々な表現を試したりしていた。

今でも画材屋さんに行くとテンションが上がる。

ホームセンターのペンキや刷毛売り場に行くだけでもワクワクする。

 

ハリーポッターも杖や箒などのアイテムにとことんこだわっていたし、ロールプレイングゲームの主人公はボスキャラを倒すために大体道具屋で最高ランクのアイテムを身に纏う。

 

勉強は何でするものかと考えると、文房具にこだわるムラの友達の姿勢はとても良い影響なのだなーと感じた。

 

大宮にある文房具屋さんは9千円の筆箱を買ったムラに、高級な消しゴムをおまけしてくれた。

その深緑の消しゴムが硬めでよく消えるとムラは嬉しくなったらしい。

 

でもテスト前でものほほんとしているので、もう放っておくことにした。

中学までは伴走しようと思っていたけど、その内本人にやる気が出る事を信じて待つかなー

 

【諜報機関の置き場所】社会性を身につける上でもう一つの顔を持つ

こんばんは⭐️レモネードです。

ここ最近は、長年のクライアントさんの一人で、銀座のとあるデザイン会社さんのお手伝いをしている。

本当は全振りを望んでくださっているのだが、他のクライアントさんとの兼ね合いから、あくまでスポットの受注に留まっている。

作成するものは大手デザイン会社の下請けデザインで、大手の自動車メーカーとか建設メーカーとか大手通信会社のSNSやチラシや動画広告などを作っているので、自分の作った画像が普通に世の中に流れていく感はちょっと嬉しい。

反面、下手なものは作れないという緊張感がある🌀

 

問題は時間単価や対応可能な時間の設定などだ。

今日も面談をして、相談して色々と開拓した。

あくまでお手伝いだが、それ位の距離感がありがたい。

 

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今朝、自分のタブレットからムラの中学校のGoogleクラスルームにログインして、持ち物や忘れ物がないかを確認した時、「おっ💡」と気がついた。

 

ムラの担任の先生が体育祭時のクラスの子達の写真を沢山アップしてくれていた。

 

そこには友人たちと楽しそうにお喋りしたり、応援したり、競争したりダンスをしているムラが写っていた。

 

ムラの表情、家とはだいぶ違う👀✨

 

家ではいつも面倒臭そうな男なのだ🌀

 

 

もうすぐムラの中学で3者面談が予定されており、今回はムラ抜きで担任とムラの友人関係や

授業中の態度、学校での様子を聞きたいと思って、3者面談→2者面談に切り替えた。

ニーの時はずっと3者面談のみで、担任とニーと私で色々な話をしては談笑していた記憶がある。

でもムラは心配があった。

 

 

今回担任の先生がアップした写真を見て、少し安心をした。

学校では別の顔を持ち、頑張っているのだな、と思った。

そして最後のクラス写真ではまさかの変顔で写っている!

こういう所で目立ちたがり屋な点は小学校時代と変わっていない💦

 

私は先日の体育祭を見に行ったのだけど、担任の先生からの視点で見た子供達はまた全然違うという点が新鮮だった。

 

先生の前で見せる別の表情がある。

先生から見たムラと私が知っているムラはおそらく違う。

 

そこの振り幅がギャップが子供自身の成長につながるのかもしれない、そんな仮説を立ててみた。

 

大人もそうだ。

 

クライアントさんとの関係、ママ友との関係、習い事先の指導者との関係、学生時代からのアート仲間との関係、、自分の顔は一つではない。

 

使い分ける事を学ぶ事で、自分の中のオン/オフの兼ね合い、自分の地が出せる人・仕事上のみの関係の人といった社会性を身につけていくのかもしれない、そう思った。

 

ニーのように内と外があまり変わらないタイプのような人もいれば、ムラのように結構違うタイプもいる。

 

ギャップが大きいタイプを「スパイ」に例えてみた✨

 

どこに自分の『諜報部』を置くかだ。

 

家に諜報部を置くタイプは、外部(学校・習い事先)の情報収集を欠かさない。

そこで得た情報を家(諜報部)で分析。

どうすれば、外部で自分のステータスやレベルを上げられるかを検討。

自分からスパイになって合わせにいく。

 

それ故、家でダラける。

本音の自分を出す。

ムラもこうして頑張っているのかもしれない。

 

学校や仲間内に「諜報部」を置くタイプは、家で観察・分析を欠かせないという事だから、家が落ち着かない状況にあるのかもしれない。

 

 

私は松江塾も「諜報機関」に近い事をしてくれているように思った。

授業中、ゴーまじ先生はよく学校の同級生などの観察・分析などを生徒たちと共有して「一歩引いた視点」の獲得を目指すべく動いているように思った。

 

あくまで学校生活を分析する側の知的な視点を持つ事。

みんなと一緒にワーワー言いながらもどこかでその状況を把握する視点を持つ事。

 

ゴーまじ先生の雑談の中にはそんか契機が含まれているように思った。

 

パネルクイズはなぜ面白いのか?

こんばんは⭐️最近、日付が変わる頃の登場です💦レモネードです。

今日は仕事を完全にシャットダウンし(本当は受注しているのだけど納期がまだなので💧)、久しぶりのチョコザップに行きました🏃‍♀️✨

 

全てのマシーンを15回×3セットし、極め付けは30分のマウンテンバイク(一番重いギア)、そしてその後にマッサージチェアで解して、だいぶ体が軽くなりました。

 

ムラは本日は9:30〜17:30までお弁当を持って爆裂に行き、チャーがニーと一緒にお昼は焼きそばを作って食べてくれるそうなので、チョコザップの後は一人ブラブラ散歩し私は一人でパン屋にランチに行きました。

 

その後はスーパーに寄って夕食用の買い物をし、いつものバタバタに戻っていきました。

 

久しぶりに一人で外出できた事が幸せな日でした✨

 

 

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ニーが定期テスト(中間テスト)の結果を私に見せにきた。

クラス順位で言うと5〜6番程上がった✨

数Aと数Ⅱが一番順位が高く、次いで社会の科目(世界史、日本史、地理)、論評、英語は真ん中くらい、、順位が低いのは相変わらず現国と古文だ。

 

ムラの定期テストも数学の点数が一番高く、次いで社会、英語だ。国語も頑張っているのだけど中々90点を超えない。

 

 

そこで、

 

私が最近休憩時間にやっている「クロスワードパズル」アプリをタブレットで3人でやってみた✏️

 

意外と盛り上がった!

 

クロスワードを見ると縦と横のカギを見ると、ついつい解きたくなってしまうのは人間(?)の習性なのかな?

 

考えてみれば不思議だ。

 

 

以前やっていたテレビ番組「アタック25」(古!)も大好きで、

 

同じような魔力を秘めている気がする。

 

各ゲストが「赤」「青」「緑」「白」の4つの色に分かれるのも良いし、25個の正方形がオセロのようなルールでパズルで競うので、正解の回答数がダイレクトに勝利に導かれない部分も面白い💡最後の問題が自分が獲得した目の数のみ映像が流れる点もよくできたゲームだなーと改めて思う。

 

 

なぜ「アタック25」面白いのか?

 

結構真剣に考えてみた🤔

 

私なりに考えた答えは、クイズの内容を考える時は「左脳」(言語分野)をフル回転させるのに対して、実際の勝負所はパズルの場で「右脳」を集中稼働させる点ではないだろうか?というものだ。

 

人間って両方同時に稼働させる事は難しいのではないかって考えてみたんだ。

 

よくいる「クイズ王」みたいな回答者が、パズル部分のチョイスでミスって散っていく姿は何とも言えない気持ちになる🌀

 

問題の解答を瞬時に深堀りする癖をつければつける程、オセロのような平面的な領域に舞い戻ってくる事は難しいのではないかって思ったんだ。

 

こういった事は日常的に結構あって、経理のアプリで収入や経費の帳簿の数値を入力している時(右脳)にその項目に伴うストーリー(左脳)など思い出したくもないし、Kindleで面白い小説を読んでいる時(左脳)に登場人物のパズルゲーム(右脳)などやりたくない。

 

でも反対に、右脳と左脳が重なっているような出来事でそれが面白いと思う事もあって、推理小説(左脳)を読みながらも「登場人物の相関図」(右脳)のようなものを用いて自分で推理してみたり、ゲームブックのようにストーリーを読みながら(左脳)も、ゴールに辿り着くように意図する(右脳)ものもある。ゲームで言うとロールプレイングゲームはそれに近いのではないかとも思う。

 

 

3人でハマったクロスワードも同じような魔力がある。

メインで稼働しているのは「左脳」なのだけど、縦と横で文字が重なる点は右脳で左脳のひらめきを補助しているような感覚になる。

 

 

最近はアプリで手軽にできるので、

語彙力を鍛える為にも休憩時間などにやってもいいかな?と思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【親単科30】家族コミュニティについて

こんばんは⭐️レモネードです。

 

先日の親単科は東大明大生4人衆の共通点の一つとしてその根っこにある家族コミュニティの結束感についてのお話がされた。

 

子供の周りのコミュニティの中でも、「家族コミュニティ」を子供が安心できる認めてもらえるを最も子供にとって価値の高いコミュニティとして創造できるかという視点からのお話だった。

 

「家族コミュニティの充足」

真島家ではここのコミュニティが強固なのだろうな、と想像した。

「あの子はどういう子?」「へーなるほど、そうなのね。」から始まって「その子はこういう考え方で動いているんだ。」という分析。「こういう風にコミュニケーションを図ると道が拓ける」といったアドバイス。学校分析、教員分析、真島先生のブログの内容から想像することができた。

 

子供の周りに属するコミュニティを徹底的に分析する、、

 

例えるなら、「JR本部」みたいなものだ🚃

 

 

各路線を仕切っている司令塔。

ダイヤの乱れがあれば、瞬時に情報を受信し、各路線への連結を調整。

トラブルが起きれば、その路線の沿線までも情報伝達。

常にどの路線がどうなっているのか、現状を把握。

 

こんなイメージだ。

子供しか知らない情報がブログに満載なので、「千里眼👀✨」を持っているのかと思った💦

 

 

私が育った環境はこれと相反して、みんな秘密主義(!)で、好き勝手放題。

その代わり、自分でやらねばならない環境だった。

受験など教育関連のみジーが過剰なほど把握していたが、バー(私の母)は仕事が忙しく、私の勉強などは見てもらった事はなかった。

もちろん自分の友達関係を家族で共有する事はあまりなく、たまに遊びにくる子を「誰だっけ?」と話したりする位で、子供の友人関係など全く興味すら持っていなかったように思う。

ただ、好きなテレビ番組やスポーツ、ゲーム、プログラミングや内容があるモノについての話題は多かった気がする。

 

自分が家庭を持っても、個人主義的な基本スタンスは抜け出せなかった。

それでもニーやムラの友人関係には、心配もあったので把握できるように気を遣ってきた。

ただ家族を子供の最強のコミュニティにさせよう!という意識は持った事もなかった。

 

そんな環境が普通だと思っていたので、真島先生のおっしゃる「最強な家族コミュニティ」をうまく把握する事はできなかった。

 

 

ただ本音をはっきり書くと、

自分が「最強な家族コミュニティ」の一員だったら、窮屈だろうな🌀と思う。

 

 

「報・連・相」な家族などまっぴらごめんだ💦

経営しているならまだしも。

しかも親が自分のコミュニティの本部の座に鎮座しようものなら、多分私は家出をしているかと思う🌀

 

これは一つの洗脳だし、子供を見えない糸で繋がれたパペットのようなものに育成するものではないかと思ったのが率直な感想だ。

 

「愛」という名の元では表面上何でも許される。

 

しかし価値観の押し付けだけはごめんだし、メインコミュニティに家族がいようものなら、やりづらくてしょうがない気がする。

 

自分の中の家族はたまに会うから楽しいものだと思っている。

 

価値観の違いなのかもしれない。

 

ニーもムラもどこか希薄な関係性にあるのは、私のそういう価値観が根底にあるからかもしれない。

 

大事に愛して育てる。自信が持てるように育てる重要性は大事だと思う。

しかし周りのコミュニティの言語化を家族間で共有するのは、あまりやりたくないと感じた。

 

 

率直な感想でした🙏💦